漫画家神原則夫のアホ日記

「西校ジャンバカ列伝かほりさん1,2巻]3巻が6月7日に出まっす。「ホテトル教師藤本正子エロせん」は面白いでっす。

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2005年04月

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「ランスバートンはお奨めだよ」と甘い声であおやまさんからささやかれたので、これは見るっきゃナイト!と尾上さんとモンテカルロのチケットを求めてさまよい歩いた。

「ランスバートンのチケット売り場はどこですか?」尾上さんの英語がホテル内の案内所のようなところの太ったおばちゃんに炸裂したのだが「んん?何言っているの?この黄色い猿は・・」という反応だった。

尾上さんは持ち前のガッツでしつこく聞くと「おお〜、ヴァ〜トンね!」とやっとおばちゃんは理解した。

「ヴァ〜トン」を「バートン」と発音するだけでまったく通じないのだ。日本なら「から揚げ定食」を「かきあげ定食」と発音してもちゃんと「かきあげ定食」が出るというのに・・・

ここから「ヴァ〜」の発音講座がおばちゃんを先生に始まった。
「へい!私の後、言ってみて!ヴァ〜トン、カモン!」

尾上さんは「ヴァ〜ジン」とアドリブをかました。おばちゃんの顔が「女」になった。少し離れた所から見ていた俺は(二人はできてる!)と勘違いした。

何回か「ヴァ〜トン」と復唱しおばちゃんの「オッケー」をもらった。結局「ランスヴァ〜トンは今休演中」との事だった。

「サンキュ〜」っと尾上さんが言うとおばちゃんは「ユーアーウエルカム」と言いながらハイタッチをしようとした。尾上さんはそのチャンスを生かし、ハイタッチしようとしながらおばちゃんのボインタッチに瞬時に切り替え、豊かな乳をさわった。

尾上さんは自他共に認める「ヤキソバ&モー娘。大好きっ子」だ。バイトが酷使されることで有名な
「和民」のヤキソバも世界中の誰よりも早く注文するぐらい大好きっ子なのだ。特に太麺。

ベガスの大通りから少し離れた所に、地元の労働者が食べにいくような店の一群があった。
その中に「チャイナスター」という中華バイキングがあった。

俺はその味に魅了された。牛肉とブロッコリーのオイスターソース炒め、炒飯、甘辛のから揚げ、セロリと鶏肉の塩炒め、えびの素揚げ、卵スープ、餃子、そしてにんにくの香りがするヤキソバ。

俺はこのヤキソバを食った瞬間(ヤキソバっ子の尾上さんは絶対うれしくなってモー娘。の決めポーズを披露するはずだ!ほんでそれはこのチャイナスターの客からやんやの歓声を浴びるはずだ!)っとわくわくしながら尾上さんの顔を見た。そ・・そこには・・・

テンションの下がった尾上さんがナイフとフォークを一流社交人のようにマナーよく使用し、
素の顔でから揚げを食していらした。

(あれ・・おかしいな・・いつものヤキソバ食った瞬間の笑顔はどこへ行ったんや・・・
お疲れか・・・)

俺が「うまい!うまい!」とハイテンションでお代わりに行ったのとは対照的に、尾上さんは静かに席を立ち、落ち着いたお代わりをした。何故こんなにテンションが低かったのか・・・

次の日「飯どうする?神ちゃん」っと尾上さんが聞いてきた時、俺はすかさず「チャイナスター」っと
先生に聞こえる大きな声で言った。「チャイナスターか・・・」尾上さんの表情が曇る。

「尾上さんおかしいっすよ!なんでチャイナスターでテンション下がるんすか。昨日も尾上さんのヤキソバダンスレボリューション見れると、楽しみにしてたのに!」

尾上さんは身の上を語りだした。それを聞いた紳助は涙ぐんだ。俺は謎が解けた・・・

「あの店、床めっちゃ汚いやん・・食い散らかしたんそのまま床に落ちてて、飯ちゃんと食われへんもん・・・」

尾上さんはめっちゃ繊細なのだった。そして俺は・・・

目が悪いので床なんかぼやけて見えないのだった。足元がそんなえらい事になっているとは知らず、ばくばく食っていた。(やはり物事には一長一短があるな〜)と改めて思った出来事だった。

「カムフロム?」とタイ系ディーラーのおっさんが聞いてきた。「ジャパン」と言って五ドルチップを置いた。「お〜、日本ね、日本には私も行った事あるよ」らしきことをディーラーは言いながらカードを配る。6とピクチャーの16。ディーラーのフェイスカード9。

俺は「アイキャントスピークイングッリッシュ」と言いながらヒット。ピクチャーが来てあっさりバースト。チップを回収しながら「沖縄に行った事がある」とおっさんプチ情報を俺にくれる。

(ええからちゃっちゃと札を配らんかい!)

俺はひりっとギャンブルがしたいのに、「マジで!オキナワ?ホットやった?」「うん、ホットだった」などと、どうでもいい片言の会話なんてしたくないんだ。したけど。

ディーラーのおっさんは日本に良い感情を持っているのだろうか。
できれば日本で差別されその時の恨み晴らしたる〜っぐらいの悪い感情で俺と対峙してくれれば、
勝つ可能性がちょっぴり増えるのだが・・・

にこにこと丁寧に配るディーラーからはそんな感情はなさそうだった。取ったり取られたりの展開の中で(ここや!)っちゅう所を一回スルーし6枚張った。

競馬で「まだはもうなり、もうはまだなり」っと菊池寛が言ってたのは、ギャンブルのみならず人生にも通じる。「情報信ずべからず」はこれだけ過度な情報社会には、皆が肝に銘じなければいけない箴言だろう。「なっちの盗作は残念だ・・」とは言っていない。

そんな感じで小波に乗って、一回目のシャッフルタイムまでに70ドルほど浮く。
(どこかでどかっていきたい・・)そんな勝負所が訪れるだろうか・・・

ディーラーがカードをきり終わった。俺はチップ置き、カードを待つ。行ったり来たり。チップのやり取りとカードの目、勝負のあやなどを冷静に探りながら本当の(ここや!)っちゅうポイント、そして大波を待った。

結論から書くと、そんなポイントは無かった。そして気付いた。
尾上さんの「ゲーミング」の正しさを。
何度か40ドル賭けてお茶を濁し、二時間程粘って175ドル消えて席をたった。

(賭金が足らん・・・)

そう実感した。暗い穴ぼこの淵を覗くようなギャンブルを希望するなら、もっと賭量を必要とするのだった。今回持ってきている額では「ゲーミング」で楽しむのがベストなのだ。

朝のチェックアウトの客とすれ違いながら、俺はエレベーターに乗った。

(来年は1日1000ドル×滞在日数。+バックに2000ドル持ってギャンブルしよう。それで1000ドルの勝ちを目指し、1000ドルの負けを納得する、まさに森巣博の書いていた「1000ドル賭人」になろう。それだけの賭金を用意できなければ、楽しく「ゲーミング」すればいい。)

そう決意し、今回の旅は尾上さんと「ゲーミング」を楽しもうと思った。そう思うと急速に「ギャンブル9、その他1」だった感覚が「ゲーミング4、その他6」と視野が広がった。

ここからは尾上さんと歩調が合った。倦怠期を乗り越えた夫婦のように、楽しい日々が始まるのだった。

四日目の朝四時に目が覚めた。ベッドの上で覚醒と集中と朝勃ちが治まるのを静かに待つ。
着替えを済まし、左ポケットに300ドル入れ、右ポケットに700ドル入れる。

モー娘。パジャマにミキティおやすみハットをかぶって寝ている36才の尾上さんを起こさぬよう、
静かにドアを開けた。 すう〜っと息を吐く。長い廊下をすたすたとジューク更家ばりにウォーキング。
エレベーターでカシノの階へ降りる。

「ハウドゥユドゥ?」と乗合わしたアホでまぬけなアメリカ白人があいさつしてきた。
「アイファインサンキウ!」と俺は「3才から始める英語教室」に通ってるバカな子みたいに
めっちゃ大きな声で答えたら、白人はビックリしていた。
(こんな早朝からファンキーな奴だぜ・・・まったく・・黄色い猿が・・・)

エレベーターが開き、右側にある「靴磨き」のコーナーの黒人に手振りと笑顔であいさつを済まし、
正面を向くともう目の前にはカシノ。

スロットやビデオポーカーの機械がちかちかと光り、薄暗いホールを下から照らす。非日常空間の中に入る感じが俺の心臓を強く叩く。クラップスで盛り上がる卓をよそ目にBJ卓を目指す。

ミニバカラで熱くなってる中国人夫人。ポーカーでチップを積み上げているヤンキー。昼間はコールガールのチラシ配りで立ちっぱなしの移民系の男が必死にバカラの罫線を追っている。不機嫌そうに札を配る白人のおばちゃんディーラー。声を上げる黒人。席を立つ韓国系の男。混じりあった微笑ましい空間だ。

早朝の為か一卓まるまる開いていた。タイ人っぽいおやじが退屈そうにカードを羅紗の上に広げて立っていた。

一番左の席に座った。前日の早朝、尾上さんとやった時、ディーラーを負かすのに大切なこの席にアホなテキサス野郎が座っていた。ディーラーのフェースカードが6。ここは獲りたい所だ。幸い俺は先走ったのか6枚の五ドルチップを置いていた。

なおかつ俺のカードは4と7の11。躊躇なくダブルダウンという「一枚しかカードを引かない代わりに賭金を同じ量追加できる」作戦に出た。12枚の五ドルチップ。ささやかながら勝負所だった。

引いたカードは9。総計20。(勝てる、これは勝てる。)確信が宿った。後はテキサス野郎がステイと手を横に振れば、24枚の五ドルチップとなって俺の前に帰ってくるはずだった。

しかし、このテキサス野郎は何を思ったか13からヒットしやがる。1が来た。(もういい、ステイしろ!テキサス野郎!)俺の心配をよそに、テキサス野郎は少考しヒット。2が来て16。

(もういいやろ!ディーラーのフェースカードは6やぞ!)

この時俺は真剣に英語ができるようになりたい!っと思った。
「へいっ!てめーは目ん玉開いてんのかい!?親のカードは6だぜ!脳みそちゃんと動かせよ!」
これぐらいの事をぱっと言えるように。

テキサス野郎は単純にディーラーの数を上回りたかったのだろう。なおもヒット。また1を引いて17。満足気なテキサス野郎。 ディーラーがゆっくりカードをめくると7。6と7で13。テキサス野郎がステイしていれば1と2と1で17。俺の勝ちだった。

悪い予感がする。こんな予感はよく当たる。ディーラーが引くはずの無かったカードを引くと8だった。6と7と8で21。 しかし、負けた理由を他人のせいにしちゃいけないっという事を俺は高2からの競馬で学んでいた。そこに座った俺がアホだったのだ。だからこそ今日は俺が左端の席に座った。

タイ系ディーラーに200ドルを渡す。
「チェンジ、プリーズ」
25ドルチップ4枚、五ドルチップ20枚が俺の前にきた。

ブラックジャックにハマッた。「エロテロリスト、インリン先生よりハマッた〜」と言えば俺を知る人は「そんなにハマッたんかいな〜!?」と驚くだろう。

ただのトランプの数字の羅列だ。偶然の連続の中に必然のような目を出す。出来るだけ21に近づくように。ディーラーをバーストさすように。チップを「ここ!」と言う時に張る。一枚のカードの数字に一喜一憂するのだ。

が、ここで多少歪みが出た。俺と尾上さんに。結婚3年目の突然訪れた倦怠期のように。
俺がBJに傾倒すればする程。

連れパチのような難しさと言えばわかりやすいだろうか。俺と尾上さんの博打感の違い。
お金に対する感覚の違い。同じ卓でディーラーを前にし、チップが浮き沈みして行く中、
俺はその相違点をビーチク攻めされた時のように敏感に感じてしまった。

その相違点を簡単に言うと「ゲーミング」と「ギャンブリング」の違いだった。
尾上さんは「ゲーミング」として「BJ」を楽しんでいた。
そして観光や雰囲気、ショッピングなど含めて「ラスベガス」を愉しみに来ていたのだ。

俺は「ギャンブリング」したかった。「ラスベガス」にしても、ホテルの部屋とカシノの往復でよかった。1歩も外に出ずとも、空いた時間は読書をしていればそれで満足出来る。これは俺の異常な所なのだが、賭博以外の興味が非常に希薄なのだ。

昼間アウトレットモールにショッピングに行ったのだが、尾上さんは色んな物に興味を持ちつつ、
いろんな店を巡る。

俺は「フライングソーサ」というリモコンで、発砲スチロール製の円盤みたいなのを、円盤の中のファンが風を地面に送る事で空中に浮き上がるっちゅうおもちゃを29ドルで尾上さんが驚くぐらい速攻で買った後テンションは下がるばかりだった。

(もう店ええわ・・・早くBJしたいわ〜)と俺は思っていた。

しかし、実はこの問題は尾上さんが全面的に正しかった。それは後からわかる事なのだが、三日目が終わった時点で俺は「朝BJ勝負する時、一人で行きますわ」と宣言していた。

ラスベガスの華麗な夜景を見下ろすタワー型のストラトスフィアーホテルの一室で、
一匹の猿は明日のBJ勝負に備えて早めに就寝した。

窓からかなり低い位置にぽつんと浮かんだ下弦の月が見える。尾上さんはその時、
何を思っていたのだろうか。聞きたいような聞きたくないような・・・・

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